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大阪高等裁判所 平成4年(ネ)2539号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

理由

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ金九七五万円及びこれに対する平成三年二月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は、自家用自動車保険契約に基づき、保険契約者の相続人から保険会社に対し、自損事故保険金、搭乗者保険金及び座席ベルト装着者特別保険金並びに遅延損害金の支払を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(一)  甲野太郎は、昭和六三年一二月二〇日、損害保険等を業とする被控訴人との間で、次の内容の自家用自動車保険契約を締結した。

(1) 被保険自動車 自家用小型乗用車(姫路〇〇や〇〇〇〇)

(2) 保険期間 昭和六三年一二月二七日から一年間

(3) 自損事故保険金 一四〇〇万円

(4) 搭乗者保険金 五〇〇万円

(二)  甲野太郎は、平成元年一一月四日午後一〇時三〇分ころ、姫路四輪駆動車倶楽部主催の「第八回姫四サバイバルツーリング」(以下「本件ツーリング」という。)に参加して被保険自動車(以下「本件自動車」という。)を運転し、兵庫県城崎郡日高町名色の通称「名色林道」を走行中、運転を誤つて道路脇の崖下に転落し(以下「本件事故」という。)、同月五日入院中の豊岡病院において死亡した。

(三)  控訴人甲野春子及び同甲野花子は、それぞれ、甲野太郎の長女と妻であり、甲野太郎には他に相続人はいない。

(四)  自家用自動車保険約款普通保険約款(以下「約款」という。)第六章一般条項の第四条(通知義務)第一項第二号は、被保険自動車を「競技」のために使用するときには、あらかじめ被控訴人に書面でその旨を通知し、保険証券に承認の裏書を請求しなければならないと定め、同条二項は、右に違反した場合の事故については被控訴人は免責される旨を定めている(以下「本件免責条項」という。)。

(五)  甲野太郎は、本件ツーリングに参加するに当たり、あらかじめ前記(四)記載の手続を履践しなかつた。

2  争点

本件ツーリングが本件免責条項所定の「競技」に該当するか否か。被控訴人は、控訴人が免責条項所定の通知をしなかつたことを理由に、本件保険契約に基づく保険金支払義務を免責されるか。

三  争点に対する判断

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件ツーリングは、四輪駆動車の運転を趣味とする会員が集まつて作つている姫路四輪駆動車倶楽部が主催したが、同倶楽部の会員以外も参加でき、参加車種は四輪駆動車を対象とするものであるが、他に特に参加資格に制限はない。本件ツーリングには、家族連れを含め約一〇〇人余、自動車七〇台位が参加した。

(二)  本件ツーリングは、兵庫県朝来郡生野町円山下所在のドライブイン「たいこ弁当生野店」前に午後七時から八時の間に参加者が集合し、グループごとに順次出発し、国道三一二号線及び同九号線を通り、さらに、広域基幹林道(妙見・蘇武線)、金山峠、名色林道を経て同県城崎郡日高町稲葉に至る区間を走行する所要時間約二、三時間のコースであり、予めオフィシャルが走行してルートは設定されているが、ルート及びゴールは参加者に知らされておらず、参加者は、進路を変更する場所での進行方向のみを示した細切れのルートマップを渡され、これに従つて走行する。そして、距離部門、時間部門及び課題部門(例えば、途中で通過した信号機の数を質問されて、正解すればポイントを与えられる。)でポイントを競い、総合優勝者等に賞品が出る。距離部門と時間部門は、予めオフィシャルが法定速度を守つてコースを実際に走行したという時間と距離(参加者には知らせていない。)に近い者が高得点を与えられるので、スピードそのものを競うものではない。

(三)  甲野太郎は、姫路四輪駆動車倶楽部の会員ではなかつたが、勤務先の同僚七名と共に本件ツーリングに参加し、三台の自動車に分乗して一グループを形成した。本件自動車は、パートタイム四WD機能付、車両重量一七六〇キログラムのステーションワゴン(三菱デリカ)で、全長四・四六メートル、幅一・六九メートル、高さ一・九七メートルであり、甲野太郎が運転し、乙山松夫と丙川竹夫が同乗して、三台のうちの最後尾を走つた。

(四)  本件事故現場は、北但東部森林組合が管理する造林用作業道(延長約一一・三五キロメートル、幅二・四メートル)で一般の通行を禁止したところであり、砂利道で、東側は路肩即谷間、西側は山、「く」の字型のカーブになつている。本件自動車は、本件事故現場付近では時速約一〇ないし一五キロメートルで走行していたが、甲野太郎が運転を誤り、道路から谷へ約一九二メートル転落して大破し、転落途中で甲野太郎ほか二名が自動車から放り出されて転倒し、甲野太郎以外の二名も本件事故により死亡した。

2  《証拠略》によれば、約款第六章一般条項の第四条(通知義務)第一項は、「保険契約締結の後、次の事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責に帰すべき事由によるときはあらかじめ、責に帰すことのできない事由によるときは発生を知つた後遅滞なく、書面をもつてその旨を当会社に通知し、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」とし、その(2)には、「被保険自動車を競技(競技のための練習を含みます。)、曲技または試験のために使用すること」と定められているが、約款中には「競技」についての定義規定はないこと、保険会社が作成している「自家用自動車保険のしおり」の約款用語の説明の項では、「競技とは、ロードレース(山岳ラリー、タイムラリー)やサーキッドレースなどをいい、これらのレースに出場するための練習も含まれます。」と説明されていること、競技等について保険会社に通知しなかつた場合に免責することとした趣旨は、競技等の場合の危険は保険料率算定上予定された通常の危険とは異質であるから、保険者に通知し承認の裏書を請求しなければならないとしたものであつて、通知を受けた保険者は、危険の増加の有無等を判断して、保険契約を解除する(約款第六章第一〇条)か、追加保険料を請求して承諾し、若しくは無条件に承諾する(同第一一条)かを選択できることが認められる。

3  そこで、本件ツーリングが本件免責条項の定める「競技」に該当するかどうかを検討すると、一般に「競技」とは「互いに技術を競い、優劣を争うこと」というような意味であるところ、前記1認定の事実によれば、本件ツーリングは、スピードを競うことを目的とするものではないが、多数の参加者が一定のルールに従つて走行し、あらかじめ決められたルールに従つて得点を競うもので、運転技術の優劣が得点に影響することは明らかであり、右のように多数が参加して得点を競うような走行は、特に本件ツーリングの実際の走行コースの危険性を問うまでもなく、一般走行の場合に比べて危険性が高いものというべきであるから、本件免責条項にいう「競技」に該当するものと認めるのが相当である。控訴人は、本件免責条項にいう「競技」を社団法人日本自動車連盟(JAF)の規約に従つた公認競技ないしこれに準じるものに限定されるべきであると主張するところ、《証拠略》によれば、JAFは国際自動車連盟(FIA)により日本の自動車団体の代表として公認され、国内の自動車競技を管理統括していることが認められるが、本件免責条項にいう「競技」を控訴人主張のように限定すべき根拠は見当し難い。

してみると、甲野太郎は、本件免責条項に従い、本件自動車を本件ツーリングに使用するに当たつて、あらかじめ書面をもつて被控訴人にその旨通知し、保険証券に承認の裏書を請求しなければならなかつたものであり、かつ、前記認定の事実関係によれば、本件ツーリングが本件免責条項にいう「競技」に当たることは甲野太郎においても認識し得たものというべきであるから、甲野太郎が現実に本件ツーリングを右「競技」と認識したか否かにかかわらず、同人は右手続を履践すべきであつたものである。したがつて、甲野太郎が右手続を履践せずに本件ツーリングに参加して発生した本件事故に関して、被控訴人は、本件免責条項により免責されるものというべきである。

4  以上によれば、控訴人の請求は理由がないから、棄却すべきである。

よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 中川敏男 裁判官 小松一雄)

裁判官渡辺貢は、転補のため署名押印できない。

(裁判長裁判官 中川敏男)

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